“想いのある先生”ほど辞めてしまうのはどうして?

はじめに
子どもが好きで、一人ひとりに丁寧に向き合いたくて、
この仕事を選んだはずなのに
気づけば、苦しさを感じてしまうことがある。
「思っていたのと違った」
「理想と現実のギャップに悩んでいる」
保育の現場で、そんな声を聞くことは少なくありません。
実は私も、新任の頃はそんなことを感じたこともありました。
どんな仕事にも大変なことは必ずあります。
私は、大切な「命」と「未来」を毎日預かっている責任の重圧に押しつぶされそうになりました。
求められる力の幅広さに圧倒され、
「こんな未熟な人間が、子どもたちの前に立って良いのだろうか」と
キラキラとした瞳を向けられるたびに自信を失っていたこともありました。
なぜ、“想いのある先生”ほど辞めてしまうのか
それは決して、
「頑張りが足りないから」ではありません。
むしろその逆で、
想いがあるからこそ、起きてしまうこと。
保育の現場では、様々な要素が重なります。
- 保護者の期待
- 人手不足
- 制度や時間の制約
- 子どもの多様な姿
その中で、頑張れる人ほど抱え込みやすくなってしまいます。
気付いた人がやる、動ける人がカバーする。
それは一見臨機応変で現場に即した形に見えますが、
実はここに、頑張れる人ほど抱え込みやすい構造が隠れています。
いい先生ほど苦しくなる理由
想いのある先生や、責任感の強い先生ほど
- 断れない
- 頼まれると引き受けてしまう
- 期待に応えようとする
- 「いい先生」でいようとする
そんな傾向があります。
その結果、負担が集中し苦しくなる。
断れない自分を責めたり、さらに期待に応えようと頑張りすぎたりしてしまう。
でもそれは、弱さではなく強さです。
だからこそ、無理をしてしまうのです。

役割とバランスのズレ
現場では
「経験が豊富な人」「責任を担う立場の人」に仕事が集まりやすくなります。
経験が豊富な人ほど、気づけることが多く、自然と仕事を引き受ける場面が増えていきます。
その結果、「気づいた人が抱える」状態になってしまうこともあります。
一方で
「働き方の制約」や「立場の違い」などから
役割と負担のバランスが揃いにくい状況がうまれやすくなります。

最初は「少しだけ」のつもりでも
「ちょっとだけ無理して頑張っておこう」というつもりでも
- 頼られる
- 任される
- 抜け出しづらくなる
その積み重ねで、気づけば一人で支えている状態になることもあります。
本来はチームで支える仕事のはずなのに、いつの間にか個人に重さが集中してしまうのです。

見えにくい負担
保育の仕事は「笑顔でいること」「安心感を与えること」が求められる仕事です。
そのため、表では
「大丈夫です」「できます」「頑張ります」
と明るく振舞いがちになります。
それは無理をしているからではなく、「そうありたい」という責任感からです。
でも実は、
「余裕がない」「助けて欲しい」「ずっと頑張り続けている」
という状態が続いていることもあります。
見えない負担は、気付かれにくい。
そして、
限界はいつの間にか積み重なっていきます。
気づいたときには、限界に近づいていることもあります。

誰かのせいではない
これは「現場が悪い」わけでも「本人が弱い」わけでもありません。
保育という仕事の性質上、どうしても起きやすい構造
なのだと思います。
だからこそ大切なのは
もっと頑張ること
ではなく
支え合える構造を作ること。
そのためには
- 一人で抱えないこと
- 対話できる関係性を築くこと
- 役割を言葉にすること
こうした視点が、少しずつ先生の働きやすさにつながり、
想いのある先生の定着率が向上し
子どもたちに還元されていく好循環をうみだすことになるのだと思います。

想いのある先生が苦しくなってしまうのは、弱さではなく、強さがあるから。
そしてその強さが、構造と合わないときに負担になります。
だからこそ、
個人の努力ではなく、構造で支えること
これがこれからの保育にとってとても大切な視点だと思います。
おわりに
保育士や幼稚園教諭になる人たちの
子どもを大切に想い、丁寧に向き合おうとするその想いが、
無理なく続いていくように。
幼稚園教諭歴13年×子育てサロン運営×価値あるものを分かりやすく届けるデザインの力で
支えていきたいと思っています。


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