「はじめの100か月の育ちビジョン」とは?~元幼稚園教諭がわかりやすく整理します~

はじめに
「はじめの100か月」という言葉を、聞いたことがありますか?
これは、こども家庭庁が2023年12月に策定した「幼児期までのこどもの育ちに係る基本的なビジョン」、通称「はじめの100か月の育ちビジョン」で使われている言葉です。
名前だけを見ると、
「100か月って何歳まで?」
「子育て中の家庭に向けたもの?」
「保育や教育に関わる人のためのもの?」
と思うかもしれません。
でも、このビジョンを読み進めていくと、実はもっと広い話だということがわかります。
子どもを育てている人も。
保育や教育に携わっている人も。
そして、普段子どもと接する機会がほとんどない人も。
社会にいる「すべての人」と共有したい考え方として作られたビジョンなのです。
今回は、13年間幼稚園の現場で働いてきた私が、公式資料をもとに「はじめの100か月の育ちビジョン」が伝えようとしていることを、できるだけわかりやすく整理してみたいと思います。
そもそも「はじめの100か月」って?
「はじめの100か月」は、子どもが生まれてから100か月、という意味ではありません。
スタートは、誕生前の妊娠期です。
妊娠期のおよそ10か月。
誕生してから小学校に入学するまでのおよそ6年6か月。
そして、幼児教育・保育から小学校への接続が重要となる時期のうち、小学校就学後のおよそ1年。
これらを合わせた、おおむね100か月を指しています。

なぜ、小学校に入るところで終わらないのでしょうか。
それは、子どもの育ちは年齢や制度によって、突然ぷつんと区切られるものではないからです。
誕生、入園、就学。
大人から見ると環境が大きく変わる節目がありますが、子ども自身の育ちはずっと連続しています。
だからこそ、子どもを中心に考え、誕生前から幼児期、そして小学校への接続までを切れ目なく支えていこう。
それが「はじめの100か月」という捉え方です。
なぜ、はじめの100か月がそんなに大切なの?
この時期は、その後の人生の「土台」がつくられる、とても重要な時期です。
公式資料では、乳幼児期は脳の発達において環境からの影響を受けやすい時期の一つであり、生涯にわたるウェルビーイングの基盤をつくる重要な時期だと説明されています。
ここでいう「ウェルビーイング」とは、単に「楽しい」「幸せ」という一時的な感情だけではありません。
身体的にも、精神的にも、社会的にも良い状態であり、生きがいや人生の意味なども含めて、長い人生を通して幸せに生きていくことを指します。
「小学校で困らないため」
「勉強ができるようになるため」
「将来成功するため」
だけに幼児期が大切なのではありません。
その子が、その子らしく、生涯にわたって幸せに生きていくための土台となる時期だからこそ、大切なのです。
大切にされている5つのビジョン
「はじめの100か月の育ちビジョン」では、社会全体で共有したい考え方として、5つの柱が示されています。

- こどもの権利と尊厳を守る
- 「安心と挑戦の循環」を通してこどものウェルビーイングを高める
- 「こどもの誕生前」から切れ目なく育ちを支える
- 保護者・養育者のウェルビーイングと成長を支援・応援する
- こどもの育ちを支える環境や社会の厚みを増す
この5つは、それぞれ別々の話ではありません。
すべて重なり合って、子どもの育ちを支えています。
「安心」と「挑戦」はセットになっている
5つのビジョンの中でも、幼児期の育ちを考える上でとても印象的なのが「安心と挑戦の循環」という考え方です。
子どもは、不安になったときや怖くなったとき、信頼できる身近な大人に気持ちを受け止めてもらうことで「ここは安心できる」と感じます。
この安心の土台となるものが「アタッチメント(愛着)」です。
安心できる場所があるからこそ、子どもはそこから外の世界へ出て、
「やってみたい」「触ってみたい」「もっと知りたい」と挑戦できます。
そしてまた不安になったら、安心できるところへ戻る。
安心する。挑戦する。また安心する。また挑戦する。
子どもは、この循環を何度も繰り返しながら世界を広げていきます。

「遊び」は、何かを学ばせるためだけにあるのではない
子どもが砂場で何度も水を流している。
拾った葉っぱをひたすら並べている。
積み木を積んでは壊して、また積んでいる。
大人から見ると「ただ遊んでいるだけ」に見える時間にも、子どもはたくさんのことを感じ、考え、試しています。
「はじめの100か月の育ちビジョン」では、乳幼児期の生活の中心を占めるものとして「遊び」をとても大切にしています。
遊びを何らかの効果を得るために大人が「させる」ものとしてではなく、子どもが主体的に興味を持ち、夢中になって行うものとして捉えています。
遊びながら、気づく。試す。失敗する。工夫する。人と関わる。自分の気持ちと折り合いをつける。
そんな経験の積み重ねが、子どもの世界を広げていきます。
だから大人に必要なのは、すべてを教えることではなく、子どもが安心して夢中になれる環境をどうつくるか、という視点なのだと思います。
子どもの育ちは、「子どもだけ」を見ても支えられない
私がこのビジョンの中で特に大切だと感じたのが「環境(社会)」という視点です。
子どもは、一人で育っているわけではありません。
家庭があり、そこに家族がいる。その先には祖父母や親せきもいる。
保育園、幼稚園、認定こども園などがあり、保育者や友だちがいる。
公園、図書館、お店、病院など、地域の人と日々出会う場所がある。
さらにその外側には、企業、行政、制度、メディア、社会の文化や価値観がある。
それらは一見、子どもから遠く見えるかもしれません。
でも、すべてが直接的・間接的に、子どもが育つ環境につながっています。

この環境を考えるときに大切なのが、「誰か一人が頑張ればいい」という発想から離れること
そして、「誰もが当事者である」と捉えることだと思います。
保護者が幸せであることも、子どもの育ちにつながっている
5つのビジョンの一つには、「保護者・養育者のウェルビーイングと成長の支援・応援をする」という項目があります。
子育ては、保護者だけが責任を背負って頑張ればよいものではありません。
保護者自身も社会とつながり、支えられ、安心して子どもと向き合える。
だからこそ、子どもの育ちも支えられる。
「子どものために、親がちゃんと頑張って」ではなく、「子どもを育てている人も、社会で支えよう」という視点です。
私はここが、とても大切だと感じました。
だからこそ、毎日頑張るママにほっとできる場所、そして地域の人とつながれる場所を用意したいと思い、実際に子育てサロン「ママの輪カフェ」の運営や親子向けイベントの企画/運営に携わっています。
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先生や保育者も、「育ちの環境」の一部
ただ、子どもは、家庭だけで過ごしているわけではありません。
園で長い時間を過ごし、先生や保育者と関係をつくります。
公式資料でも、保護者・養育者だけではなく、保育者など子どもと密接に関わる身近な大人も、アタッチメントの対象になり得るとされています。
だから私は、「子どもが幸せに育つ環境」を考えるなら、その子に関わるすべての大人がどんな環境にいるのかも、同時に考える必要があるのではないかと思っています。
先生が安心して子どもと向き合えること。
保護者が孤立せずに子育てできること。
家庭と園が、子どもの育ちを一緒に支えるパートナーの関係になれること。
これは、子どもとは別の問題ではなく、「子どもを取り巻く環境」の話なのだと思います。
実は、子どもと関わらない人も「当事者」
ここが、このビジョンを社会全体に知ってほしいと私が感じた大きな理由です。
「はじめの100か月の育ちビジョン」は、子育て中の家庭や保育者だけに向けられたものではありません。
普段、子どもと直接関わる機会がない人も含めて、「全ての人」が子どもの育ちに直接・間接的に影響し得る存在として捉えられています。
子どもを連れている人に向けられる、街のまなざし。
子どもの声を「うるさい」と感じる社会なのか、「育っているな」と受け止められる社会なのか。
子育て中の同僚を支えられる職場なのか。
子どもが安心して遊べる場所が地域にあるのか。
保育や教育という仕事が、社会からどのように見られているのか。
私たち一人一人がつくっている「社会の空気」も、子どもが育つ環境の一部なのです。

私がこのビジョンを知って、驚いたこと
実は私は、この「はじめの100か月の育ちビジョン」を最近まで知りませんでした。
2023年3月に13年間勤めた幼稚園を退職し、その後はデザインを学ぶことに夢中になっていたため、保育・教育の新しい情報から少し離れていた時期に、このビジョンが策定されていました。
個人事業主としてデザイナーの活動をするなかで、たくさんの人と対話し、「子どもを取り巻く環境を支えたい」という想いに行きつきました。
そして保育のことをまた考えるようになってこの存在を知り、初めて読み、驚きました。
そこに書かれていた考え方の多くが、今私がたどり着いた想いと重なっていたからです。
子どもの育ちには、子どもを取り巻く環境が大切。
家庭だけじゃない。保育の現場だけじゃない。子どもの育ちを、社会みんなで支えていく。
だからこそ、家庭と保育の現場を信頼でつなげることが大切。
私はこれまでの自分の経験からそう感じ、考えてきました。
だからこそ、このビジョンを初めて読んだ時
「これは保育や子育てにかかわる人だけではなく、社会全体に知られて欲しい。この考えが浸透してほしい」
そう思いました。
保育の価値を、社会に伝わる言葉へ
幼稚園で働いていた頃、私は毎日のように子どもたちの遊びを見ていました。
一見すると「遊んでいるだけ」に見える時間の中で、子どもたちは考え、人とぶつかり、工夫し、失敗し、また挑戦していました。
そして、その姿を支えるために、先生たちは環境をつくり、言葉を選び、一人一人の姿を見ながら関わっています。
けれど、保育の外側に出てみると、その価値は社会からは見えにくいのかもしれない、と感じるようになりました。
だから私はこれから少しずつ、
「幼児期に何が育っているのか」
「遊びにはどんな意味があるのか」
「保育者は何を考えながら子どもを見ているのか」
「なぜ家庭だけではなく、社会で子どもの育ちを支える必要があるのか」
そんなことを、保育を知らない人にも伝わる言葉にしていきたいと思っています。
「はじめの100か月の育ちビジョン」は、そのための大切な羅針盤の一つになりそうです。
子どもを育てることは、未来の社会を育てること。
子育てをしている人も。
先生も。
地域の人も。
企業で働く人も。
子どもと接する機会がない人も。
それぞれの場所から、子どもが育つ環境をつくっています。
「子どもの育ちは、私にも関係があるかもしれない。」
そんな小さな気づきが社会に増えていくところから、始められたらと思っています。
参考:
こども家庭庁「幼児期までのこどもの育ちに係る基本的なビジョン(はじめの100か月の育ちビジョン)」(令和5年12月22日)
※本記事は上記の公式資料をもとに、筆者が内容を要約・整理し、元幼稚園教諭としての考えを加えて構成しています。



