子どもの「やってみたい!」は、安心から始まる。~ はじめの100か月の育ちビジョンから考える保育の価値

はじめに
「いろいろなことに挑戦できる子になってほしい」
子どもに関わる大人なら、そう願うことがあると思います。
でも、子どもが新しい世界に向かって「やってみたい」と一歩踏み出すためには、最初に必要なのは何でしょうか。
たくさんの経験を用意すること。
「やってごらん」と背中を押すこと。
もちろん、それらが力になることもあります。
でも、そのもっと手前に、大切なものがあります。
それが「安心」です。
こども家庭庁の「はじめの100か月の育ちビジョン」では、5つのビジョンの一つとして「『安心と挑戦の循環』を通してこどものウェルビーイングを高める」ことが示されています。
今回はこの「安心と挑戦の循環」を、実際の子どもの姿とともに考えてみたいと思います。
「安心」と「挑戦」は、対義語ではない
新しいことに挑戦する。
知らない場所へ行く。
初めての人と関わる。
子どもにとって、それはワクワクすることであると同時に、不安を感じることでもあります。
そんなとき、
「怖かったら戻ってもいいんだ」
「困ったら必ず助けてもらえる」
「自分を受け止めてくれる人がいる」
という安心感があると、不安を乗り越えて挑戦してみようという気持ちになれます。
安心を土台にして、子どもは少しずつ外の世界へ向かっていくのです。

「安心させること」と「挑戦させること」は、反対側に位置する言葉ではありません。
安心できるからこそ、挑戦できる。そして挑戦して、また安心できる場所へ戻り、そこから再び世界を広げていく。
子どもの育ちには、この循環があります。
年少さんの4月に、何度も見てきたこと
この話をすると、私が幼稚園教諭だった頃のことを思い出します。
年少さんにとって、幼稚園に入園するということは、とても大きな出来事です。
それまで大好きなおうちの人と一緒に過ごしていた子が、初めて親から離れて園で集団生活の場に入る。
それはもう一大事で、4月の保育室では、あちらこちらで泣き声が聞こえていました。
「ママがいい」
「おうちに帰りたい」
先生である私たちが声をかけても、まだ子どもにとっては「知らない人」。
いきなり現れた「知らない人」が、どんなに話しかけても簡単に心を開かないのは、当然ですよね。
当時、私が勤めていた園では家庭訪問がありました。
入園間もない4月の放課後、一人ひとりのお家を訪ねて、お母さんと話をする。
その様子を、子どもは隣で見ながら、普段遊んでいるお気に入りのおもちゃを見せてくれたりするんです。
すると不思議なことに、そのあとぐっと距離が縮まり、泣かずに登園できるようになる子がいました。
当時の私は、「一軒一軒回るのは大変だけど、家庭訪問をすると距離がぐっと縮まるなあ」くらいに感じていました。
でも今、「安心と挑戦の循環」という考え方を知って、あの頃の子どもたちの姿を思い返すと、少し違って見えます。
自分にとって一番安心できる「おうち」に先生が来た。
そして、自分が一番信頼しているお母さんが、その先生を受け入れて楽しそうに話している。
そんな様子を見て、もしかしたら子どもの中で、「この人は大丈夫なのかもしれない」という小さな安心につながっていたのかもしれません。
もちろん、家庭訪問をすれば子どもが泣かなくなる、という単純な話ではありません。
今は家庭訪問を行わない園も多く、園と家庭のつながり方も変わっています。
ここで伝えたいのは家庭訪問という方法そのものではなく、「子どもにとって、この大人は安心できる人だと思えること」の大切さです。
子どもから見たら、先生も最初は「知らない人」
私たち大人は、「先生なんだから、子どもは安心するだろう」と考えてしまいがちです。
でも、子どもの立場から見たら違います。
先生であろうとなかろうと、「昨日まで知らなかった大人」です。
突然現れてお母さんと引き離され、よく分からないけど笑顔で「大丈夫だよ」と言ってくる「知らない大人」です。
だから保育者は、一日一日の小さな関わりを重ねながら、「この先生なら大丈夫」を丁寧につくっていきます。
泣いている気持ちを受け止める。
無理に遊びへ連れていかない。
好きなものを一緒に見つける。
困ったときにそばにいる。
おうちの人と話している姿を見せる。
名前を呼ぶ。
笑い合う。
そんな何気ない毎日の積み重ねが、子どもにとっての「安心できる場所」「安心できる人」になっていくことを信じて。

そして面白いのは、先生との信頼関係ができてくると、その子はずっと先生のそばにいるわけではないということです。
少しずつ、「あれ、なんだろう?」と周りを見るようになる。
気になるおもちゃに触れてみる。
友だちが遊んでいるところへ近づいてみる。
園庭へ出てみる。
安心を得た子は、先生から少しずつ離れて、自分の世界を広げ始めます。
でも、何かあったらまた先生のところへ戻ってくるんです。そして安心する。安心したら、また離れていく。
これこそ、「安心と挑戦の循環」の一つの姿なのだと思います。
「遊んでいるだけ」の前に、先生がつくっているもの
ここからが、私が社会にもっと伝えたいと思う「保育の価値」です。
園を外から見ると、先生の姿は「子どもと一緒に遊んでいる」ように見えるかもしれません。
でも、子どもが夢中になって遊べるようになる、そのもっと手前で、保育者は「安心」をつくっています。
一人ひとりの表情を見る。
いつもと違う様子に気づく。
遊びに誘うのか、自ら入ってくるのを待つのかを考える。
安心できる場所を用意する。
家庭での様子を保護者から聞いて、その子が好きなものを知る。
子ども同士の関係を見る。
そして、「この子はそろそろ一歩踏み出せそう」と感じた時には、少しだけ背中を押すこともある。

表面からは「見守っているだけ」あるいは「遊んでいるだけ」に見えても、その裏にはたくさんの判断と専門性があります。
私は、こうした「外からは見えにくい保育の価値」を、もっと社会に伝えていきたいと思っています。
保育の価値を、見える形に
私は13年間幼稚園で働いたあと、デザインを学びました。
そこで知ったのは、デザインとは単に「きれいにつくること」ではないということ。
まだ見えていない価値を見つける。
複雑なものを整理する。
そして、相手に伝わる形にする。
そう考えたとき、「保育の中にある、まだ伝わっていない価値を、デザインの力でもっと社会に届けられるかもしれない」と思うようになりました。
保育には、外から見ただけでは分からない価値がたくさんあります。
子どもが安心して先生のそばを離れたこと。
昨日まで見ていた遊びに、今日は自分から入ったこと。
何度失敗しても、またやってみたこと。
友だちとうまくいかなかったあと、自分なりにもう一度関わろうとしたこと。
一つひとつは、とても小さな出来事です。
でも、その小さな出来事の中に、子どもの育ちがあります。
そして、その育ちを支えている保育があります。
だから私は、保育の中にある「見えにくい価値」を見つけて、言葉や図、デザインを使って、社会に伝わる形にしていきたい。
「安心と挑戦の循環」を知って、改めてそんなことを感じました。
子どもの「やってみたい」は、安心から始まる。
そしてその安心は、誰かとの関係や、子どもを取り巻く環境の中で、少しずつ育っていくものなのだと思います。
参考:
こども家庭庁「幼児期までのこどもの育ちに係る基本的なビジョン(はじめの100か月の育ちビジョン)」(令和5年12月22日)
※本記事は上記の公式資料をもとに、筆者が内容を要約・整理し、元幼稚園教諭としての考えを加えて構成しています。



